他人の真似をしない方が良いと考えます。
この記事では、他人の真似をすると、あなたの魅力は失われていきますよって話をします。
上手くいっている凄い人の真似事をなぞった所で貴方は本当に心からその人みたいになりたいのですか?
事例を挙げると、私の元友人にお笑い芸人の博多大吉さんに強く憧れている人がいました。
彼は大吉さんのことを「大吉先生」と崇拝して呼んでおり、私にも「先生を付けて呼ばなあかん」「先生って呼ぶに値するお方」と言うぐらいです。
単に崇拝している、尊敬しているだけなら良いのですが、次第に元友人の彼は大吉さんのモノマネというか仕草や話し方まで真似するようになりました。
一緒に食事をしていて感じたのが、すっかり陶酔した元友人は大吉さん“モドキ”となってしまい、彼の魅力は失われてしまったように感じました。
ただの会社員なのに、「ツッコミのキレがワンテンポ遅い」だの、「大吉先生ならこうする」だの、お笑いに無我夢中になってしまっている彼を見て大吉さんになりたいことは理解できましたが、結局は大吉さんになって何がしたいのか分かりません。
元友人は元友人のままで良く、大吉さんのモノマネが出来る特技程度で良いと私は考えるのですが、彼といる時はずっとテレビで見る大吉さんをパクった偽者なのです。
上手くいっている博多大吉さんは唯一無二の存在で、人と違うオリジナリティな事をしているからこそ芸能界で上手くいっているのであって、真似事をした所で芸能人でもない元友人が大吉さんを演じても彼本来の価値は下がった、つまらない人間となりました。
彼が、私が知らない所でも普段から大吉さんを演じているとしたら、彼は本来の自分自身を受け入れていない、つまり自己否定して別人になろうとしていることになるため、非常に危険なことだと考えられます。
直接本人には確認していませんが、演じる目的は大吉さんになりたいのではなく、大吉さんの様に上手くいきたいからではないのでしょうか?
しかし、大吉さんと元友人は別人格なだけでなく、思考ややりたいことも生きてる世界も違うはずなので、よく考えたら同じ様に上手くいくとは限らないと分かるはずなのです。
元友人にとって大吉さんになることが価値があることだと考えていると思いますが、彼が彼のままでいることが本当の価値だということに気づいているのだろうかと思います。
つまり、自分自身の特性を磨いて伸ばすことが本当の価値であり、自分がやりたいことを自分のやり方で達成することに意味があると私は思うのです。
できるなら、他人の真似をするのではなく、参考にして良い部分を取り入れるだけで留めておくのがベストだと考えます。
何もかも全て他人になりきろうとすると、自分のことがわからなくなり苦しいだけでなく、客観的に見ても痛い人なので皆さんも気をつけてほしいです。